028.「キャンディ」  (青薪)


 ノックの音を響かせた後、入室を許す声が中から返されて、青木は所長室のドアを開けた。
「失礼します。薪さん、先日の第八管区が担当した連続通り魔事件のご報告の件で・・・今、よろしいでしょうか?」
 執務椅子にかけた薪が首肯するのを見て、青木はドアを閉めて彼の前に立つ。
「事件の報告書は昨日メールでお送りしたとおりです。ただ、今回かなり特殊な案件でしたから捜査時の情況や参考とした過去データ等についてを別途、詳細報告をと仰っていましたので。ちょうど今日会議でこちらに伺いましたので、折角ですから直接ご報告を・・・」
 机上へと書類を差し出しながら、ふと何か場違いな音が耳をかすめた気がして、青木は言葉をとめて顔を上げた。
 彼の目の前で、執務机に両肘をついて手を組んでいる薪の、片頬が動く。と同時に、カラ、という小さな音が聞こえた。
「飴・・・舐めてらっしゃるんですか?」
 青木は一瞬ぽかんと口をあけてから、目を丸くして尋ねた。この所長が仕事中に自席で食べ物を口に含むなど、珍しいこともあったものだ。
「ああ。この前おまえに貰ったやつだ」
「え?」
「舞ちゃんからの土産だと言ってただろう」
「ああ、アレですか」
 得心したように、青木は表情を和ませた。

 2ヶ月前のことになるが、青木が会議のために東京出張へ赴く際、彼の姪である舞から、薪へ渡してほしいと託されたものがあった。
 舞が通う保育園で流行っている物なのだと、“みんな大好きで、すごく人気なの。舞も大好きだから、マキちゃんにもあげたいの”と。
 俺や岡部さんにはあげたくないの・・・?と一抹の哀愁をおぼえないこともなかったが、もちろん快く引き受けた後、第三管区を訪れてすぐに薪へ手渡した。彼は青木ですら数えるほどしかお目にかかったことのない優しい顔を見せて、可愛いらしくラッピングされた小さな包みを、礼とともに受け取ってくれた。

「舞、薪さんへのプレゼントだからって、2ヶ月たってもまだ俺には中身を教えてくれないんですよ。包みの感触から、お菓子っぽいなとは思ってましたけど」
 キャンディでしたか。と言ったきり沈黙し、報告を再開する様子もない部下の顔を見上げて、薪は首をかしげた。
「なんだ」
「・・・美味しいですか?」
「ああ。眠気覚ましにはちょうどいい」
「てことは、ミント味ですか」
「いや」
 それだけ答えて口の中でころころとキャンディを転がしている薪の、その口元に青木の視線が注がれている。
 情けなく眉を下げた顔から、分かりやすい物欲しそうな視線を受けて、薪は口角を上げて顎をそらした。
「欲しいのか」
「・・・あ、いえ。・・・はい」
「どっちだ」
「いえ、だって、舞からのプレゼント、いいなーって・・・。俺も母も貰ってないんですよソレ。1つでいいから俺も食べてみたいです」
「残念だな。これが最後の1個だ」
 しおれたように項垂れる青木の耳に、嫌がらせのようにカラコロという音が届く。

「あの、せめてパッケージだけでも見せていただけませんか」
 姪から直接贈られなくてもいい。彼女が好んで薪へと贈り、薪もまた好んで食しているというキャンディを自分も目にして味わってみたい。今日コンビニででも探して買って帰ろう。
 そんな健気な決意を胸に秘めて青木が顔を上げると、薪は椅子から立って手のひらを上にし、無言で手招いた。
 いそいそと近寄って、薪の指が触れた引き出しを覗き込もうと長身をかがめた青木のネクタイが、強い力で下方へ引っ張られた。
 とっさに机に手をついて体を支えると同時に、彼の無防備な口元に薪の唇が重ねられた。
「!?」
 突然押しつけられた唇の柔らかさに目眩がして、首元の苦しさを忘却する。
 惚けて両目を閉じかけた時、自分の唇を割って侵入してくるものを感じ、青木は慌てて目を見開く。それは薪の舌と、そんな甘美な代物ではない硬いものがもう一つ。
 なんだこれ?と混乱する頭で必死に考えて、それを舌上で転がして、すぐに思い至る。つい先刻まで薪の口腔にあったキャンディだ。

 ふいうちを喰らって身動きできずにいた青木は、唇とネクタイを解放されたとたん、よろけながら一歩後ずさる。
「まきさっ、なっ」
 顔を赤くして口を片手で覆う青木の、その表情が次の瞬間ふいに消えたかと思うと、みるみるうちに情けなく崩れ始めた。
「っ!?うっ、ゲホッ!ッ!」
 激しく咳き込みながら強く口元を抑える青木の目には、薄っすらと涙が滲んでいる。
 その様子を薪は悠然と眺めながら、自分の唇を舐め上げた。
「何味か知りたかったんだろう?」
「なに、なんでふかコレっ、うわっこれっ、わさび味・・・っ!?」
「当たりだ」
 舞・・・なんというものを薪さんに!
 涙目になりながら、しかし薪から直々に受け取ったものを本人の眼前で吐き出すわけにはいかず、青木は常ならぬ努力をしてそれを喉の奥へと押し込んだ。
「なんだ、欲しそうにしていたから折角譲ってやったのに。もっと味わえ」
「む、無茶言わないでください。薪さん、よく平気ですね」
 俺が同じことしたら絶対激怒して殴るだけじゃ済まなくて数日は口をきいてくれないくせに・・・自分勝手な人なんだから・・・と恨みがましく胸中だけで嘆く。
「言っただろ。眠気覚ましにはちょうどいい」
「でも薪さん胃弱なのに、こんな刺激のあるもの・・・」
「こんな小さなキャンディ1個ぐらい平気だ。1日に何個も食べるわけでもなし。パッケージは自宅にあると思うが・・・悪い、商品名は覚えてない」
「そうですか・・・。では、次に薪さんのご自宅へ伺った時に教えていただけますか」
「ああ。探しておく」
 最近の幼児の味覚はどうなってるんだ?と衝撃を受けながらも、青木は必死に自身の唾液を分泌して口内に残る刺激感を緩和させる。

「それじゃあ、報告の続きをしろ」
 すでに椅子に座り涼しい顔で足を組んでいる薪に促され、青木はようやく、ずっと口を覆っていた手を離して姿勢を正した。気をとりなおして、上司への報告のため、口を開く。
「はい。まず資料の2ページ目を見ていただいて」
 ところが話し始めて間も無く、その口が閉じられ沈黙が落ちる。
「青木? どうした?」
 訝しげに薪が見上げた先では、青木が再び口元を手で覆い、目をきつく閉じている。
「薪さん。すみません、俺やっぱり、ちょっと・・・」
「は?」
「あの、みず、水を一杯だけ飲んできてもよろしいですか?すみません、口の中が本当にヤバいんですっ!」
 悲鳴のような嘆願は呆れ顔で聞き入れられ、「行ってこい」という許可の言葉を聞き終わるやいなや青木は所長室を飛び出していった。
 寸刻を争う状況であろうにも関わらず律儀に丁寧に閉められていったドア越しに「誰か、あっ波多野、水っ水っ」と切羽詰まった声を漏れ聞きながら、薪は堪えきれないように、口元にあてた指の隙間からククッと愉快げに笑いを漏らした。

 -おしまい-

 

青木&薪 (秘密 -the top secret-)

これでも一応付き合ってる二人。
やっと今の原作設定(舞ちゃんがいて、薪さんが所長してて、青木が第八管区勤務)に近いものを書けました。
「キャンディ」というお題とメロディ6月号のネクタイぐいっを見て浮かんだ話ですが、お題094と若干かぶってるので反省。

 
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